ヘーゲル: 芸術の終焉と素材の価値

芸術の終りを考えるときに、よく語られる理論のひとつがヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel、1770 - 1831)が示した終焉論だ。ヘーゲル独自の歴史観を下地にした、進化の終わりとして芸術を説く終焉論で、彼は本論を構築する際に、シェリング(Friedrich Wilhelm Joseph von Schelling、1775 - 1854)が唱えた精神の表現としての芸術のありかたを参照したようだ。

シェリングの理論は新プラトン主義を下地にしたもので、物質的素材の精神の形成による克服と、観念的な存在への変化を重要視する。芸術は生きた自然を把握するが、客体の外形にではなく、そこに形態として表現される精神そのものを表象する。芸術においては常に現象(形式)と理念(内容)が対立するが、理念を現象の内側に啓示しつつ存在するのが芸術である。ヘーゲルはシェリングの意にしたがって、芸術をその内部に理念の感覚的現象を内包するものであると前提する。

理念は素材への働きかけや制作を減じたり否定したりすることで、次の段階へと発展する。その過程においては、素材からの脱却を通じて確立される概念的認識が、常に優位な位置に置かれることになる。素材は芸術の価値を減ずるものであり、素材が喪失するにつれ、芸術の階位は高くなる。ヘーゲルはそうした古典主義的ともいえる前提を下地に、内容と現象、理念と形式との関係から三段階の芸術発展モデルを構築するが、そのうちの最後の発展形式において、芸術の創造と享受の時代の終焉が語られる。ちなみに、へーゲルの発展モデルは自然ではなく、すでに加工された自然としての古代の作品を模範とし、それを起点として構築されている。

ヘーゲルが示す発展モデルにおいて、まず最初の段階として語られるのは、インドやエジプト等の古代東方の芸術が示す象徴的芸術形式(Symbolism)である。その時代は未だ形式と内容の統一が達成されておらず、作品の内容は抽象的で、素材への対応は荒削りである。その次の段階は、ギリシャやローマの古典的芸術形式(Classicism)である。その時代には理念の発達と共に芸術内容も進展し、作品は素材の持つ形式の中にその姿を表現するようになる。ヘーゲルはその芸術形式を、理想的な統一を示す形式だとして評価する。彼は最終段階として、キリスト教に触発されたロマン派としての芸術形式(Romanticism)を置くのだが、彼はその形式の内に、芸術の終焉を垣間見る。

理念は古典派以降も更なる発展を続けたが、やがて形式との統一から逸脱しはじめ、精神として内面の変化を目指すようになる。そこに至り芸術は精神として発展し続ける理念をついに吸収しきれなくなり、衰退しはじめる。精神の発達に芸術の形式が追随できない以上、今後ギリシャ芸術やダンテあるいはシェークスピアに匹敵する作品を望むことはできなくなる。芸術は沈思とイロニーへと埋没し、過去のテーマを反復しながら、次第に消滅への道を歩んでゆく。それがヘーゲルが示す芸術終焉の概要だ。

ヘーゲルは芸術の存在既定を表現するものとして、芸術を宗教や哲学と同列にか、または近似なものとして取り扱う。そのような彼が発展モデルを通じて問いかけるのは、その価値を神的絶対性に基づく感覚的所見や、ギリシャ時代における世界観、形式と内容の均衡に求めた芸術が、現在のキリスト教的信仰や反省的なイロニーにもとづく世界を、包括することが出来るのだろうかという疑問である。彼はそうした疑問を下地に、芸術の限界を見極めた結果として、その終焉を宣言することになった。

歴史や哲学がその頂点を迎えたとされるロマン主義の時代において、さらなる理念の発展が芸術の成立を困難にするのは明白で、芸術を通じて精神が理念を把握していた時代は必然的に終わりを告げる。以降は単に芸術とは何かを学術的に認識する時代へと突入し、芸術の創造と享受の時代は終焉を見ることになる。

参考文献
Introductory Lectures on Aesthetics: G.W.F. Hegel, Penguin, 1993

ヘーゲルシェリングIntroductory Lectures on Aesthetics

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