人智学的美学の概要

人智学(アントロポゾフィー、Anthroposophy)は、その発案者であるルドルフ·シュタイナー(Rudolf Steiner、1861 - 1925)の言葉によって語られる思想である。神智学(テオゾフィー、Theosophy)から派生した唯心的な思想で、形而上学と意識的に対立する。

一般に美術作品は、シェリング(Friedrich W. J. Schelling、1775 - 1854)が示すような、美と真理の同一化を目指すものであると解釈されることが少なくない。彼にとっての美とは、最高の真理が高まる場、真理の高まりの観照なのであり、美は真理との融合が必須になる。芸術作品は、それ自身によって美しいのではなく、美の理念を模しているから美しい。そこで芸術は、学問の内容との合致を目指し、その合致によって作品は表現された理念、永遠の真理としての美の結晶になる。ヘーゲル(Georg W. F. Hegel、1770 - 1831)も同様に、美を理念の感覚的あらわれだと定義し、芸術の目的を学問の目的と同一化、芸術と理念との合致を企てている。

だがその一方で、シュタイナーにも多くの影響を与えたゲーテが示唆するように、芸術を隠れた自然法則の表明としての美として理解することも可能である。ゲーテは美を、理念のように現出する感覚的現実であると解釈する。理念は真理として現象するにしても、理念が美の内容そのものになることはない。自然の秘密のベールを除去すること。そこにゲーテは自然の解釈に最もふさわしい、芸術への抗しがたい憧れを感じていた。

シュタイナーは学問における唯物主義、芸術における自然主義、そして芸術の象徴的または寓意的な側面を否定する。芸術、宗教そして学問の源泉はひとつであると断言する彼にとって、芸術は悟性ではなく、感覚的現象としての理念によって形成される。理念が感覚的現象と言うかたちとるのは、美が神的な外観をまとった感覚的、現実的なものだからである。そこで芸術家には、感覚的なものの中に理念を現出させることが要求され、表現においては、テーマよりもプロセス、つまり何を描くかではなく、どのように描くかということに、焦点が当てられる。

人智学的な美学では、まず霊的なものの芸術への受容が論じられる。それは対象へのより高度な変容衝動の欲求に基づく受容で、芸術家はその欲求にしたがって、作品における人間精神の課題を、単なる模倣から逸脱させる。欲求は人間の霊魂や物質組織の中にある余剰への覚醒によって支えられているので、芸術は余剰を感覚的なものとして表現することになる。事物を内面から想像し、内的に体験された対象を外的な世界に造り出すのが芸術で、それは芸術に求められる課題として芸術を必然から解放し、芸術に物質的現象や感覚を越える、芸術的自由を体現させる。

人智学的な美学は、その芸術的自由をひとつの主題として据え付ける。それが語る自由への意識とは、人間内部にひろがる、外界と等価値の世界存在を、自己認識することで得られる、自然の束縛からの解放を意味している。芸術は現実から決別し、自らの内面へ新たな世界を構築することで、自然を越えたより高次の自然を創造し獲得する。芸術的な精神は、万物の限定性や過去への流出には否定的で、視点は永遠へと向けられ、つねに原像を指向する。

芸術において、自然はそのような原像への指向をベースにして観察される。そこで個人は超越され、個体の内部に一般性が内包されるような世界が創造される。感覚の世界と、理性の世界との並置が、新たな世界を構築する。そこでは、悟性は必然性から逸脱し、主観となる。主観性は客観性と相同になり、両者の分離された働きは止揚される。その主観と客観との合体が、自由を獲得させる。芸術においては、その自由の中で、自然的なものと精神的なものが、互いに交錯する。

霊的なものは、芸術に取り込まれることで、神的なものとして、芸術を通じて地上にもたらされる。したがって美とは、感覚的、現実的な外観の中に現れる神的なものではなく、神的な外観をまとった感覚的、現実的なものだと解釈される。神的なものは、遊戯本能に支えられた芸術家が、世界を神的に高めた結果、得られるものである。芸術家は何を描くのかという感覚的な行為ではく、理念を現出させるためにどのように描くのかという行為に没頭し、有限の世界を超越する。

芸術家はそのような行為を通じて、美の本質を真理から分離する。現実を表現手段へと変化させることなく、独立した状態として維持し、新たな形姿を模索するのが芸術家の仕事である。芸術においては、既知の存在ではなく、現実を越える可能性が創造の起点になる。芸術家は個体を創造する原理にしたがって、創造と破戒を繰り返し、美の真実へと接近する。その表象とは、完全なるものに近接する、自然には存在しないものである。美は自然を越えて真実に接近する。それは非現実、虚構、仮象として印されるのだが、それこそが、自然が本来欲しているものの姿である。

参考文献
芸術と美学:ルドルフ・シュタイナー、西川隆範(訳)、平河出版社、1987

芸術と美学

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