ロバート・モリス、コラムと反形態

単色の平滑な表面に被われた、単純な立方体のミニマルアート(ミニマリズムの作品)。一瞥でその裏側まで見通すことができ、その内部には何もない。だがその「無」は、思考の非在を意味するわけでは決してない。逆にそれは美術の自然からの脱却を示唆するもので、その真意は作品の中心から外れた場所、外部という周辺部に位置している。

ミニマリズムは、後期資本主義社会を背景に、ポストモダンという新たな思想が流布しはじめた1960年代前半に出現した、造形作品を主体とするモダンアートの動きである。その源流は、戦前のロシア構成主義や、マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp、1887 - 1968)のレディメードにまで遡るが、諸々の作品が擁する非伝統的な素材の使用や、作品価値の技巧からの分離といった特徴は、その動きを生み出す直接の契機になった、唯心論的な抽象絵画の特徴のまさに対極に位置するものだ。

ミニマリズムは批評的イデオロギーを内包する唯物的な動きであり、画家の心理、時間性の排除、絵画の平面性等に依存する自己充足型の抽象絵画、当時のアメリカで、代表的なモダンアートとして君臨していた、抽象表現主義絵画に対立する。個々のミニマリズムの作品は、素材とその使用法によって様々な様態へと仕上がるが、外形的にも、概念的にも、その原点のひとつとしてまず示されるのが、ロバート・モリス(Robert Morris、1931 -)が制作した一連の作品である。彼の作品はプライウッド等を素材とする単純な立方体として制作されるが、その中でもとりわけ象徴的な存在感を示すのが、1961年に制作された「コラム(Columns)」と呼ばれる作品である。

「コラム」はもともと同名のパフォーマンスで使用されたプロップで、そのため造形作品には必須のベースがない。パフォーマンスのプロットはシンプルで、舞台に人間の姿はない。

  1. カーテンが開けられる。
  2. ステージの中央にグレーに塗られた高さが8ft(243.84cm)、底面一辺が2ft(60.96cm)の木製のコラム(column)が立っている。
  3. 3分半の間、何も起こらないまま経過。
  4. コラムが突然倒れる。
  5. 再び3分半のあいだ、何も起こらないまま経過。
  6. カーテンが閉じられる。

この「コラム」の内容から想起されるのが、モリスとも交流があるジョン・ケージ(John Cage、1912-1992)が1952年に発表した作品、「4分33秒」である。楽譜という中心的理念とそれを仲介する演奏を拒否し、恣意的概念を表象するノイズ(環境音)に演奏を任せる作品で、ケージはそれを通じて合理主義哲学を下地にする芸術からの決別を宣言した。パフォーマンスの通過は、造形作品に時間性を与え、同時に作品受容のありかたを変更させる。またプロップの単純な形状は、造形作品をフォームの追求から開放する。

モリスはその後、パフォーマンスで使われたプロップに立体もう一本を付け加え、ギャラリーに展示した。ギャラリーでの時間性の獲得は、物体が行うパフォーマンスにではなく、鑑賞者のゲシュタルト体験を横切る知覚体験へと置き換えられている。

ミニマリズムは新たなモダンアートの動きとして、1960年代後半へと向け隆盛するが、徐々にマンネリ化し、フォームに固執し形態美を模索するような、むしろそれが抵抗すべき概念へと自ら接近するという本末転倒な作品も制作されるようになる。モリスは後にミニマルアートを回顧し、確立された絵画の平面に関する知識と、物体に関する知覚的な知識を仲介する役割を担う作品として、その功績を讃える一方で、それを引き継いだ作品に見られた後退、平面性を示唆するものへの回帰を指摘している。

モリスはそのような現状をも踏まえ、早々に形態からプロセス(制作過程=時間)へと視点を移し変えてゆく。とりわけ1967年以降、彼は直方体と決別し、後期ルネサンスの素描、ジャクソン・ポロック(Jackson Pollock、1912 - 1956)、モーリス・ルイス(Morris Louis、1912 - 1962)等のオーガニックなフォームにヒントを得た、「反形態(Anti Form)」と呼ばれる一連の作品に集中した。

キャンバス(画布)のストレッチャー(支持体)から開放された、ポロックの作品に現れる形態は、彼の肉体が生み出す制作プロセスの軌跡であり、そこでは視覚性と物質的な身体性とが、見事に調和する。モリスはそのような作品を足がかりに、リジッドな形態や工業生産的な製作手法からの離脱を思い立つ。モリスはプロセスの問題としてミニマルアートを再検討し、その結論として、無加工のフェルト等の柔和な材質を用いた、不定形の作品に取り組んだ。

モリスは彼の新たな作品に、引力(Gravity)、偶然性(Chance)、不確定性(Indeterminacy)といった要素を導入しているが、後二者はケージが積極的に用いてきた概念に直結する。この「反形態」の動きには、ミニマルな作品を屋外に設置することで、その概念を環境へと働きかけることに成功したリチャード・セラ(Richard Serra、1939 -)等、次世代のアーティストも参加した。

モダニスト的な発展過程の中にポストモダン的な発想を持ち込み、作品を揺り動かすのがモリスの発想の特徴で、それが彼に変わり身の早さと、多岐に渡る作品の制作を可能にする。

時代の先端が、作品の物質的な存在とその経済的価値を放棄する方向へと動いてゆく中で、ミニマリズムは最後の物質的な動きとして、モダンアートの歴史の中で一定の存在感を示している。モリスと同世代で、ミニマルアートのパイオニアのひとりに数えられるカール・アンドレ(Carl Andre、1935 -)は、作品を紙に書かれたインストラクションとして移譲することで、特定の展示空間、制作行為、オリジナリティーから作品を開放しようと試みた。彼はありふれた工業素材を作品として代用すし、そこに社会的意味を付加することで、特権的な芸術価値に挑戦した。

参考文献
Continuous Project Altered Daily: The Writings of Robert Morris: Robert Morris, MIT Press, 1995

Continuous Project Altered Daily: The Writings of Robert Morrisジョン・ケージ

Top