ハンスリックの音楽美論

エドゥアルト・ハンスリック(Eduard Hanslick、1825 - 1904)の「音楽美論」は、現在では定石となった形式主義や純粋性という芸術の根幹にかかわる議論の原点のひとつに数えられる芸術論である。本書が出版された当時の西欧とは、芸術におけるモダニティーが確立されはじめ、唯物論的歴史観が萌芽の時期を迎えた頃で、未だ精神分析すら存在しなかった。そのような時代状況の中、ハンスリックは新たな理論として登場してきた形式主義を擁護する。本書には時代特有の矛盾や感情的な表現も見られるが、現在へと繋がる形式主義的芸術論の原点として、一定の価値を保っている。

「音楽美論」の初版は1854年に出版された。十九世紀半ばといえばイギリスで起こった産業革命からすでに百年近くが経過し、西欧の階級制度や消費社会が社会に定着した頃で、文学界ではロマン主義から自然主義への移行が、美術界ではロマン主義的なサロン芸術からの脱却が模索されたはじめた時期である。比較的短命に終わった文学や美術におけるロマン主義とは異なり、音楽のそれは約一世紀の間、世紀をまたいで継続したが、社会の変化を反映しつつ、その頃から後期と分類される時期へと移行した。

後期ロマン主義音楽では、それまでの感情表現を主体とする音楽美学を引き継ぎながらも、規模の拡大、劇化、標題化をして、それまでとは一線を画する表情を音楽に付け加えようする動きが顕著になる。リヒャルト・ワグナーやフランツ・リストの作品に代表される、感情的表現の誇張、音楽とテキストのヒエラルキーの逆転、そして題材の音楽外部への依存といった後期ロマン主義音楽のあり方に対して、それを音楽の純粋性にかかわる問題として疑問を投げかけたのが、形式主義的音楽論である。十九世紀の半ばとは、それまでの観念論や形而上学から派生した音楽論から距離を置く新たな音楽学が確立の時を迎えはじめた時期でもある。その新しい理論的枠組みの中で、そのような音楽の変化に異議を唱えたのがハンスリックで、彼は音楽芸術の自立性を強調する音楽美学として、形式主義の一翼を担うことになる。

バロック時代の非類形的な情緒の表現としての模倣音楽から抜け出し、音楽に主観的、内面的感情表現を求めたのが古典的音楽観である。次世代のロマン主義的音楽観はそれを引き継ぎながらも、観念論的思想を基に感情表現を重視した音楽を展開し、それを発展しようと試みた。文学のロマン主義が自然主義へと変遷したように、そうした音楽観も時代の進行に伴い実証主義的なものへと変化してゆくが、その流れの中で生まれたのが形式主義的音楽観である。ハンスリックは音楽における不要な感情の高揚や標題音楽を否定し、音楽の純粋性を中核に据える絶対音楽を示唆し賞賛した。音楽の美は、感情表現の内部に潜むのではなく、形式の中に存在するのだと彼は説く。

ハンスリックが主張する自律的音楽美学の条件は、各芸術媒体に固有の特性に由来する。文学、詩、美術等、各芸術は、それぞれに固有の技術的な諸条件に応じて受容される。各芸術が固有の素材を用いて表現するイデーは、個々の芸術特有のものであり、作者が置かれる境遇や状況も作品からは切り離される。音楽作品の美は音楽として特殊な存在で、その美は音楽にとって異質な思想範囲になんら関係なく、音の結合のみに内在する。ハンスリックの考えを最も端的に示すのは、特に古典派時代以降、音楽表現の中心的な存在として興隆を高めてきた器楽曲である。彼は詩による侵食もなく、音楽自体の特性が顕著にあらわれる器楽曲を、最も純粋で絶対的な音楽であると位置づけた。

ハンスリックは、音楽を感情表現媒体として扱い、文学的表現の付与をも肯定するロマン主義的音楽観に対し、音楽の純粋性を掲げて反論する。だが、彼の感情表現の否定は、学問への感情の不当な侵入に対する抗議なのであり、音楽から聴き取れる感情表現のすべてが否定されているわけではない。彼の理論は激しい感情をむやみに惹起しようとする、不必要に劇的な音楽形式に対する反論であり、個々の楽曲そのものというより、その背景にある思想へと矛先が向けられている。それまでの音楽美学は、音楽美の基準を設定することもなく、音楽が示す聴き手を圧倒するような感情の描写力を、ただひたすら賞揚した。そのような行為が美の哲学を感覚に従属させることになり、音楽の哲学にさえ感傷的性格を帯びさせることにもなったのだと彼は主張する。

もしもハンスリックの論点に多少の多義性が感じられるとするならば、それは彼のそうした感情に対する曖昧とも受け取られかねない表現によるものだ。ハンスリックは体験にもとづき、音の強弱やリズムの変化、種々の楽器の用法等による、音楽における情景描写の可能性を、ある程度は認めている。彼が否定するのは、当時のロマン主義的解釈が主張するような、音楽による具体的な感情表現である。音楽には具体的な表現を行う術はなく、その表現は実際には聴き手の心の内にゆだねられたものにしか過ぎないのだと、ハンスリックは主張する。音楽は外的現象を模倣することはできるが、それによって惹起されるであろう特定の感情を模倣することはできない。音楽には具体的な感情を表現する能力はなく、それが描くのは単なる類推的な聴覚現象なのであり(p.59)、仮に可能であるとしても、それは不定の感情の喚起と表現とに限られる。もし音楽に個別の感情表現が出来るのならば、音楽がある感情的状況を引き出す単なる手段として、単に付随的、装飾的に利用されるようになり、純粋芸術としての作用を中止することになるだろう(p.154)。

ハンスリックはそのような主張を下地に、音楽の美の性質を、特殊音楽的な美であると規定する。音楽はそれ自体として独立しており、その美の構築にあたっては、外部から挿入される内容を一切必要としない。美は音の芸術的結合の中にのみ存在し、したがって、音は聴き手の精神的観照の前に自由な形象をもって顕現し、美として人を魅了する。他の芸術形式においては叙述と解されるものでも、音楽においては比喩=メタファーとなり、音楽は音楽そのものとして理解され、それ自身の内部で享受される。音楽の美が表現するのは旋律、和声そしてリズムといった音素材で構築され、それ自体を目的とする、自立的な美としての音楽的イデーである。ハンスリックはそうした純粋な形式に基づく音楽の内容を「響きつつ動く形式」と規定する。芸術家の創造力の中に芽生えたイデーを、外的現象にもたらすことが芸術の目標であるとするならば、それは音楽においては音自体に則したものであり、外部から侵入する音に翻訳されるべきものではない。「響きつつ動く形式」。この表現には、彼の音楽に対する見方が集約されている。

ハンスリックは彼の形式主義的音楽観を通じて、感傷的な音楽聴取に対する警鐘も行っている。彼は後期ロマン主義的な音楽の過度の音響効果による肥大化や標題化には徹底的に抵抗したが、聴者は音響を作用として捉えるので、音楽が肥大化すればするほど、それを成功した重要な作品として受け入れる傾向がある。聴者がその種の音楽から強圧的な印象を受ける状態というのは、聴者の側に強い肉体的興奮が混入しているということに他ならず、それは音楽を聴くというよりも、感じている状況に等しく、音楽を生産されつつあるものとしてではなく、生産物として捉える行為である。音楽の美的享受とは、作品の種類や理解の度合いにかかわらず、作品をそれ自身のために聴くという自立的態度であり(p.154)、音楽を原因や結果的作用として捉えようとする行為ではない。絵画や詩を前にする鑑賞者とは異なり、音楽作品の聴者は、音楽を総体的な作品としてではなく、つぎつぎに生産される音として、個々の音それ自体を感じ取るのである(p.120)。

音楽が詩や絵画とは異なるかたちで享受されるように、本来両者の自然に対する模倣関係には大きな隔たりが存在する。自然との模倣関係に支配される詩や絵画とは異なり、外部から混入する題材を持たない音楽は、自然との間の模倣関係が存立しない。また、そもそも自然界にはリズム以外の要素である旋律や和声が存在せず、音楽が自然の表象に依存することはない。音楽は自然の中に対象となる素材を持たないので、詩や絵画のように、そこから模倣された自然美をその中に発見することはない。音楽のイデー(内容)とは自然からかけ離れた音そのものであり、個々の音が作品の一部として結合され、音楽全体が形成される(一部、p.177)。

芸術作品からその内容が読み取れるということは、その形式に対しての、何らかの内容が存在するはずである(p.182)。内容と形式の両概念は互いに制約し補完し合うが、形式が内容から分離しがたい場合には、内容は存在しなくなる。音楽と自然との疎遠な関係からも示唆されるように、音楽においては内容と形式、素材と形成、形相とイデーが不分離に一体化しているが、そのことが音楽を異なる芸術として、詩や美術から分離させる理由のひとつになっている。

音楽は外部からの内容への添加を否定する。音楽は常に自立的な内容表現にのみ支えられ、題材を自然や外部から得ることはない。ハンスリックは、そのような性質を持つ音楽の思考単位、音楽において自立的で、美的にはもはや分割し得ないような思考単位を、主題(テーマ)であると定義する。音楽上のすべての諸規定はその主題の中に明示し得るものでなければならず、その内容はすでに形式化された音それ自体であり、その形式も音自体として、充実された形式でなければならない(p.183)。音楽の形式美とは無対象的である。しかしそのことが、決して作品固有の個性の獲得を妨げることはない。自立的な音楽思考として、主題の発案そのものが作品の個性となり、作品に投影されるからである。

ハンスリックが形式主義的音楽論を通じて実際に対峙したのは、リヒャルト・ワグナーをはじめとする当時の先鋭的な音楽家による作品群で、そのひとつにフランツ・リストが確立した標題音楽(シンフォニックポエム)がある。リストはそれまでの四楽章を主体としたソナタによる書体から離れ、文学テクストを題材とし、そこに想像と感情を巧みに織り合わせることで、具体的な情景や風景の雰囲気を音楽を通して描き出そうと試みた。外部に素材を求め、付随的なアイデアを惹起するリストの音楽は、ハンスリックが掲げる音楽観のまさに対極に位置するもので、彼は「ベルリオーズやリストが詩や題名や体験以上のものを持ちうると考えたならそれは自己欺瞞である。(p.93)」という言葉のもとに、それを一蹴した。言うまでもなく、詩を音楽の上位に位置づけ、無限旋律のような劇的手法でいたづらに聴き手の感情を高揚するワグナーの目論みにも、ハンスリックは対峙する。

当時の状況を歴史的見識を通じて俯瞰できる現在から眺めると、ハンスリックが理想とした形式主義を真に体現するような音楽は、彼の同時代の作品の中には見当たらなかったとも言えるだろう。ハンスリックはブラームスの擁護者としても知られるが、ハンスリックの唱えるような形式主義をそのままに当てはめるのならば、ブラームスの音楽も決してその条件を完全に満たすものではなさそうだ。ハンスリックの理論に従い、ロマン主義的感情表現から完全に決別し、音楽の内部ですべてが解決されるような、まさに純粋な「音楽のための音楽」へと接近する作品の出現は、世紀が変わりしばらくの時を経るまで待たなければならず、結局ハンスリックはそれを聴くことなく世を去った。

参考文献
音楽美論:ハンスリック、渡辺護(訳)、岩波文庫、1960

音楽美論

Top