ボア、理論モデルによる絵画の解読

ユベール・ダミッシュ(Hubert Damisch、1928 -)は、レオ・スタインバーグ(Leo Steinberg、1920 - 2011)が1970年代初頭に発表したフラットベッドと呼ばれる絵画平面(*)を先取りする理論を、それより10年も前に発表するなど、革新的な活動で知られる美術史家である。フランスの美術史家イヴ=アラン・ボア(Yve-Alain Bois、1952 -)は、「Painting as Model」(October 37、Summer 1986)という論文で、そのダミッシュの理論等を参考に、四種類の理論モデルを設定し、抽象あるいは抽象的な絵画を考察する。ボアは一連の作品を、各理論モデルの中に、哲学を包含する機械のようなものとして捉え直し、凡庸な心理学的な、あるいは感情論的な解釈から救出しようと試みる。

ボアは、歴史をリニアに進化するものだと前提する、形式主義的な美術史家だと言われているが、クレメント・グリーンバーグ(Clement Greenberg、1909 - 1994)やマイケル・フリード(Michael Fried、1939年 -)等とは異なる思考を通じて、諸問題へのアプローチを試みる。

ここで訳出し、内容をまとめた論文、「Painting as Model」は、「October」誌、1986年夏号に掲載された英訳で、後年MITプレスから同タイトルで出版された書籍に再掲載された本論との比較は行っていない。論文には四種のモデルが提示されているが、ここではそのうちの三つをとり上げる。

I、知覚的モデル

サルトル(Jean-Paul Sartre、1905 - 1980)は、絵画を知覚するという行為を、表層に表現されたイメージを形態として捉える行いだけに限定し、絵画のマテリアルの存在や、それが持つ質感というものを無視した。彼の考えでは、われわれが確認できるのは表層に描かれた形態だけで、意識はイメージを捉えるために退化する。模倣に固執するサルトル的な解釈では、抽象作品の媒体の特性は無視されることになり、単にその表層にある幾何学的なイメージを通じて判断され、解読されることになる。

その一方で、知覚的モデルに属する抽象作品は、シニフィアンの詳細、絵画のテクスチュアに着目し、素材的見地から絵画を見据え、その物質的存在感を示すことで、サルトル的読解に対抗する。それらは独自の美的表現や非現実的な表象を主題とする抽象画だが、その確固たる質感が静かにその全身でもって、表層的な解読を退ける。

例えばモンドリアン(Piet Mondrian、1872 - 1944)の作品を知覚的モデルとして眺めると、その明快で幾何学的抽象のまさに対極にある知覚的アポリア(難題)として、作品を理解することが可能になる。モンドリアンの作品の要は直線であり、曲線はすべて取り除かれている。その理由となるコンテクストは、モンドリアンの心を時々支配した神智学だが、知覚的モデルとして彼の作品を見る場合、それはいったん保留される。かわりに作品は明確な理論的モデルとして提示され、イメージの内部にではなく、作品上に展開される思考の発展そのものが、作品の主題として取り扱われる。モンドリアンが描く特徴的な直線それ自体によって、彼の思考の発展が表現される。

直線に相反し空間を満たす曲線は、その空虚を表象する。イメージに対するわれわれの意識は、空間を埋め合わせるための口実でもあるかのように、空間自身に配置された曲線へと、いやおうなしに導かれる。意識はその意味として、そこで何が構成されているのか見極めようと、とどまることなく思考し続け、目は休むことなく絵画の構成要素である線、色や形象に引き戻される。

モンドリアンの絵画における曲線の排除は、そのような意識の衝動を停止させる役割を持ち、それは衰退させられた意識を呼び戻す。彼の直線のみで構成された作品においては、直線が絵画本来の物質的存在を喚起させる。サルトル的な映像意識は、対象を構成することに終始して、そのまま尽き果ててしまうのだが、曲線のないモンドリアンの作品では、結末のない規定的な意識的活動が、継続的に上書きされてゆく。

実際にモンドリアンの作品に対面すると、それから何かを思い浮かべ熟考するという、ごく普通の衝動から逃れることは困難だ。しかし一方で、知覚的モデルとしてのそれを目の前にすると、サルトルが保証した感覚的悦楽を越えた、ある種の戯れの始動が感じられるのも確かである。作品が映像意識を禁じることによって、鑑賞者は絵画を真に知覚するときに感じられる、ある種の不安感にも似た感覚に気付かされるはずである。

知覚的モデルは両義的であり、見るという作業において、知覚的な交感が必要になる。また、そのような両義性は、ジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet、1901 - 1985)の絵画のような、全体が厚いメジウム(絵の具)で覆われた作品において、より顕著にあらわれる。彼の絵画では描かれた形態(フォーム)が、曖昧なシルエットと化した背景として理解され、テクスチュアとして見なされる。そこで、奥に隠れた形態とその構造を理解するために、視線は逆に、それより浅めに差異化された背景の方へと移動してゆくのだが、表象はその対象の幾何学的な輪郭へと還元されずに、テクスチュアに縛られたまま、とどまり続ける。そのような状況は、われわれの持つすべての感覚を、同時に引き出す。知覚的モデルとしてのデュビュッフェの絵画は、形態のイデエ(イデア)を、それ本来の意味に修復するものであるということができる。

知覚的モデルは、イメージを統合するさいに、知覚それ自身の確定不能性を保証しないままに、地と図の対立を混乱させるという予備的なタスクを、モダニィティー(近代性)に与えることに成功した。知覚的モデルは、地と図の関係に潜む両義性を確定することで、モンドリアンとジャクソン・ポロック(Jackson Pollock、1912 - 1956)との比較を可能にすると同時に、ポロックの抽象と具象とを異なるものだとするような、生産性のない解読を否定する。

II、技術的モデル

グリーンバーグやフリードは、サルトル的な想像意識や非現実をより注意深く取り込みながら、ポロックのオールオーヴァーペインティングを、独自の理論で解読しようとした。技術的モデルは、サルトル的思考を拒否しつつ、同時にそのような形式主義的解読にも対立する。技術的モデルでは、意図的な作品の地表面からの理解、つまり、そこで表現される効果に先立ち、まずそれを構成の場として理解することが要求されるので、それを読み込む思考プロセスが、とりわけ重要な意味を持つ。そのような特長をした技術的モデルの一例として、ポロックが1947年から50年の間に制作した、ドリッピングジェスチュアを作業主体とする、巨大なオールオーヴァーペインティングが例示される。

一般にポロックの個性は、作品に散りばめられたペイントと共に、キャンヴァス上で展開されるジェスチュアと同義的に解釈される。したがって、彼のタッチは単なる痕跡、彼のジェスチュアが必然的に生み出した生産物として、読み取られることが多い。だが真に重要なことは、そのタッチこそが、面=地と調和する前にペイントを活性化させているという事実である。むしろジェスチュア(あるいは痕跡)の方が、初期的な段階にとどまっているのであり、そのことが、それぞれのタッチが、先行したタッチと背景との関係が生み出した効果を拒否し、破壊してゆくことを可能にしている。活性化したペイントとは、それぞれのタッチが描き出す線の重なりの厚みのことで、それが表面の構成の根本原理に対して革命を起こす原動力となる。キャンヴァス上には、一面に広がる多くの線が地を掘り起こすかのように描かれているが、対位法的な作業の中で、線の幅がそれ以上の発展を見ることはない。そこで発展するのは、重なり合う線の厚みであり、個々の線はその先行する線との関係によって、意味を生じる。

技術的モデルとして考察するポロックの作品に見られるペイントの厚みは、知覚上での地と図の混乱に相当するもので、同時にその機能は、彼の作品がシュールレアリズムに対抗するものだという事実を証明する。また、ポロックのこの種の作品を独立した技術的モデルとして理解すると、サルトル的な知覚認識が滑り込む余地が残されている「The Flame」におけるジェスチュアーや、「Male and Female」、あるいは「Sea-Wolf」の殴り書きを、単に後に描かれる偉大な作品を準備する予備的な記号として扱うような解釈は不可能になる。

技術的モデルは絵画のテクスチュアを主眼にして作品を解読する。そのいくつかの例としては、デュビュッフェの作品における隠された下地の再発見、ポール・クレー(Paul Klee、1879 - 1940)の作品における表面とその下部との位置の交換、モンドリアンやジョルジュ・ルオー(Georges Rouault、1871 - 1958)の作品に見られる織り合わせ等があげられる。技術的モデルでは、テクスチュアという物資的厚みの内部で起こる効果の進展が、常に透明になっている。そこでは固定化された記号が生み出されるようなことは決してなく、あたかもその糸が交互に上下する織物のように、下部と上部の間の位置の変換が起こっているのである。

技術的モデルとして絵画に潜む現代性(モダニティー)を、そこに表象されたイメージ(イマージュ)からではなく、下塗りの復権、平面性、タッチの並列、連続的な階調というような技巧的観点から示すのであれば、下部に関する観点がどのようにして潜んでいるのかということを、作品から読み取らなければならない。絵画は本来その表面に現れる効果だけを目的としたはずだったが、必然的にその厚みの中にも重要な何かが潜むことになった。

III、象徴的モデル

絵画は世界を解釈するための鍵として機能する。その鍵は決して模倣的なものでも類似的なものでもなく、科学や言語と共通する象徴的なものである。したがって絵画には、ディスコースと同様であるにせよ異なるにせよ、文化的使命が課せられている。二十世紀になって抽象表現や構造主義が台頭することで、絵画はディスコースとの関連において解読されるようになり、その進歩はあたかも民俗学的な変化の原理であるかのようにとらえられ、その解釈は考古学的な、あるいは認識論的な様相さえ帯びている。絵画は質疑の場において、数学と同様に、象徴的なレヴェルで主張されるようになった。そこでは美術や数学といったジャンルが消滅し、一体となった解読のあり方が主張されるのだが、それが種々の作品を象徴的モデルとして再解釈させることになる。象徴的モデルにおいては、ディスコースとの関連で作品を読み解く規範が示される。

その一例としてとしてあげられるのが、ジョルジュ・バタイユ(Georges Bataille、1897 - 1962)が、「哲学が与えた数学的外套を剥ぎ取った」と形容するアンフォルメル(informel)である。アンフォルメルは、そのひとつの作用として、分類という規制を解除し混乱を導き出す。アンフォルメルは常に形状や方向を変えながら、視覚中心主義への侵犯を繰り返し、その作用はモデル上では背景の混乱として提示される。キャンヴァスの垂直面と床の水平面への投影の関係が見直され、既存のフォームの観念は打ち砕かれることになる。関係の見直しによって、両者はもはや中立な立場として、それぞれが関係なく、互いが単なる背景として機能することはできなくなるが、その一方で、それらは事物の映像(思考)の本質的な要因へと変化し、絵画の主題を構成するようになる。

この解読はユベール・ダミッシュが、デュビュッフェの作品にヒントを得て、完成させたものである。デュビュッフェの作品は、視線を絵画表面を真上から見た地面のように据え付けさせ、同時に、壁に直立される絵画の地が、線や陰影による人間の介入を想起させるという、二重の願望を含んでいる。現代絵画の単なる一側面から提起されたその垂直と水平の混乱は、その重要性が未だ推量されるにも至らなかった時代において、光学的な批評の本質的転換を予見する出来事だった。ダミッシュはすでに1962年に、この概念をデュビュッフェの絵画を解析するために用いていたが、それは約10年後、レオ・スタインバーグがラウシェンバーグの絵画面(picture plane)を解説するために提示したフラットベッドを予感させる。象徴的モデルにおいては、すべての西洋美学がそれまで基本としてきた分類が崩壊する。その崩壊を通じてキュビズムからミニマリズムまで、1920年代から50年代、そして60年代の抽象画に至るまでの、すべてのモダンアートの高次の部分が探求されることになると考えられる。

ポロックの作品の背景は、彼の活動の場そのものでもあり、常にあらゆる側面からの攻撃にさらされている。背景は迷うことなく彼によって突き通されるのだが、それは同時に、常に物質的な抵抗を示してもいる。ポロックの作品では、とりわけ表現とアクションとの間に巻き起こる対概念が転倒しているが、そのような象徴的モデルの特質は、例えばサウル・スタインバーグ(Saul Steinberg、1914 - 1999)のドローイングテーブルや、モンドリアンの作品の中にも発見することができる。

(*)フラットベッドは、異なる素材が混合され併置される絵画平面のことで、ロバート・ラウシェンバーグ(Robert Rauschenberg、1925 - 2008)の一連の作品がその代表作。自然から文化への変貌という芸術の主題における根底的な変化に対応する異種混交的な絵画平面であり、モダニズムの絵画にはない文化的表象や工業製品等が描かれる。フラットベッドはモダニズムの絵画平面から発達したものではなく、観者の視点へと向かう方向性も廃棄されているが、それがモダニズムの非連続的性質を示唆している。

参考文献
Painting as Model: Yve-Alain Bois, John Shepley (Trans.), October 37 (Summer 1986)
反美学 - ポストモダンの諸相:ハル・フォスター(編)、室井尚・吉岡洋(訳)、勁草書房、1987

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