視覚中心主義とアンフォルメル

見るという行為は余りにも自然であるために、普段それを意識することはほとんどない。しかしわれわれの思想、行動から生活様式に至るまでのあらゆる事柄が顕現しにくいイデオロギーや何らかの思惑に絡め取られているように、見るという行為の内側にもさまざまな策略が隠されている。見るという行為を美術、あるいは美術論との関連で論じる場合に忘れてはならない思想のひとつが視覚中心主義である。視覚中心主義は、「logocentrism」にちなんで、「ocularcentrism」と、英語では綴られる。その特長は、見ることと知ることを同義的に解釈するという、その図式の中に見出すことができる。

見る=知るという図式は、多分に形式主義的なものである。それは事物を理解することで、観念を構築するという手順として、伝統的哲学の基盤を温存させる一因になってきた。事物の理解を促すためには、それへの人的価値の付与、人が知覚するに足る道筋の整備が不可欠になる。それを実現させるのが、事物にそれ自身の純粋な形態を獲得させ、それを可視化させる手続きであり、視覚中心主義は、その手続きを助けてきた。実際には、可視的な世界とは、純粋に形態的な秩序によって固定的な意味へと還元された世界に過ぎないのだが、視覚中心主義はそれにひねりを加えて、擬人化(anthropomorphic)とも呼べるような状況を作り出すことで、その基盤を支えてきた。

視覚中心主義の支配を打破するための試みとして、思想の内部に見え隠れする観念論を揺さぶるという意味において示された方法の中で、視覚に直結する部分からその揺さぶりを実行する概念の中核的な存在としてあげられるのが、ジョルジュ・バタイユ(Georges Bataille、1897 - 1962)によって考案されたアンフォルメル(Informel)である。

抽象的な不定形や無形を意味するアンフォルメルは本質的に無価値であり、それに付随する思考にも無意味さが付きまとう。だがバタイユはあえてその点に着目し、無意味だが能動的な意図を持つ抽象的形態概念を哲学に持ち込むことで、視覚に関する新たな概念を形成しようと試みた。アンフォルメルに決まった定義はなく、猥褻な語のように、ただ淡々と事物の分類やその永続的な発展の持続可能性に混乱を巻き起こす。とりわけアンフォルメルによく適合する芸術的な動きとしては、ダダやシュールレアリスムが示される。それらの内部でアンフォルメルは視覚的比喩としての役割を担い、作品を形成する重要な一要素としてその効果を発揮する。

当初アンフォルメルは、言語における既存の意味作用への反証として生み出されたが、やがて社会の諸制度や秩序に対する反対概念のような、固定的な形態(フォーム)への反証(アンチフォーム)へと成長する。アンフォルメルの抽象性は、単なる抽象表現とは大きく趣を異にするもので、事物の形態を相対的に補足し直し、分類による分別を妨げ、認識を不可能にする。アンフォルメルが示す、形態に対するあいまいな態度は、純粋な形態の視覚による獲得を妨げ、いかなる認識をもすり抜けさせてしまう。アンフォルメルという類似を拒否する形態は、かえって何かに似ているという錯覚を見る者に芽生えさせる。それが見る者から類似に頼る判定力を奪い去り、形態の機能を麻痺させる。

アンフォルメルは事物の形態に対して劇的な作用を及ぼすが、自身は常に抽象的な曖昧さの内側にあり続け、事物自体を完全に破壊することはない。破壊によって事物を無化するのではなく、作用を常に変化させることで、事物の特定の意味や方向性を奪い去るのがアンフォルメルの機能であり目的である。アンフォルメルが揺るがすのは事物そのものではなく、その背後に存在する諸制度や秩序、視覚中心主義や視覚の特権性である。アンフォルメルの機能は、見ることによって媒介される形式主義的世界の優位性や、視覚中心主義に支えられた観念を中核に置く哲学の本質に対し、抜本的な揺さぶりをかける。

視覚にはあらゆる意味での特権が与えられており、それは他の感覚、身体器官よりも高位に位置づけられてきた。その特権性にメスを入れ、視覚を諸感覚と同等の地位へと引き戻すのが、アンフォルメルの作用である。当初バタイユによって、形態なき孤立した言語運動のひとつとして発案されたアンフォルメルだが、時を経てその枠組みを越え、視覚概念から哲学へとアプローチするための脱構築ツールのひとつとして、各所で応用されている。

注)アンフォルメルはジョルジュ・バタイユによって発案され、彼が編纂する雑誌「ドキュマン(Documents)第七号」(1929年12月)に掲載された批評辞典(Critical Dictionary)の中で、初めて展開された概念だといわれている。視覚中心主義に関しては、「Downcast Eyes: Martin Jay, University of California Press, 1994」、概念として美術論に応用されるアンフォルメルに関しては、「Formless: A User's Guide: Rosalind E. Krauss, Yve-Alain Bois, MIT Press, 1997」を参照した。

バタイユRosalind E. KraussYve-Alain BoisFormless: A User's Guide

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