バフチンとポリフォニー

ポリフォニーとはルネサンス期を中心に栄えた多声音楽、あるいはその技法のことを意味している。ポリフォニーは主に宗教音楽に用いられてきたが、今日ではその芸術性が見直され、プロによる舞台での演奏も常態化している。旧ロシア、ソビエトの哲学者、批評家ミハイル・バフチン(Mikhail Bakhtin、1895 - 1975)は、ポリフォニーを文学批評へと応用し、独自のドストエフスキー(Fyodor Dostoyevsky、1821 - 1881)論を展開した。各声部に異なる詩、言語、メロディーが対等に割り当て、複雑なカノンを構築するのがポリフォニーの特徴だが、バフチンは多声用法による音楽的な対話手法を、文学や社会を読み取る記号として用い、ドストエフスキーを伝統的解釈からの救済を企てた。

バフチンはフォリマリズムに批判的な、マルクス主義的記号論を駆使する批評家であると位置づけられている。バフチンの代名詞ともなっているのがカーニバル(祝祭)やそのポリフォニーという用語で、彼は前者において西欧社会におけるヒエラルキー(階差)の意味を問いかける一方、後者においてそうした社会の概要と同時に、文学における主体と客体との関係性を、ドストエフスキーの作品を通じて解読する。

ドストエフスキーの対話手法は各登場人物の均等な独立性を重視する。詩とは異なり複数の人物が登場する小説には常に多面的、社会的な様相が存在するが、各個人の視点にもそうした多面性が存在する。それを受けてバフチンは、普段誰もが自らの思考の源泉として用いる言語を「他者の言語」として、各登場人物同士の対話に設定する。彼は「他者の言語」が飛び交う場を、ポリフォニック(多声的)な均質性で描くドストエフスキーの小説を、他とは異なる独特で革新的な作品として差異化する。

バフチンの成果は戦後から冷戦時代初期にかけて一旦忘却されたが、クリステヴァ(Julia Kristeva、1941 -)をはじめとする構造主義者によって再発見され、各所で注目を浴びるようになった。

構造主義は、作品を先立って存在する諸作品の交錯の場であると策定する。交錯の場において、生産者としての作者と鑑賞者は差異のない同列の存在として(あるいは逆転される関係として)扱われるが、その場における深層意識を解読する概念として、ポリフォニーが用いられる。本来ポリフォニーは表層意識の動きに関する用語なのだが、深層意識での多声的な動きを示す言葉として読み替えられる。

ロラン・バルト(Roland Barthes、1915 - 1980)は、作品を過去の言葉が断片的に集積する織物のような存在である一方、作者をそのような断片をかき集め鑑賞者へと引き渡す媒体であると解説する。そこには対峙する、従属する、あるいは卑下されるべき他者を常に意識下に配置してきたデカルト的主体としての作者の姿はもはや存在しない。主体としての作者が解体されて、作者と鑑賞者との差異が消滅する中で、そのどちらでもない共に深層心理の中で語り合う複数の者たちが発生するのだが、それがポリフォニックな多声的存在になぞられる。

主体の解体とその多様化とはヒエラルキーを温存したままでの同一化ではなく、自己が他者として体現される内的な体験を意味している。語り手とは「私」ではなく人称のない他者であり、物語は深層意識によって不在の意味のもとで語られる。

付記)テリー・イーグルトン(Terry Eagleton、1943 - )はバフチンのポリフォニーを、ブルジョア社会の特徴の表現であると指摘する。伝統に拘束される社会秩序とは異なりブルジョア社会では、その意識形態を含むすべてのものが常に流動状態にある。「資本主義は、生産諸力の絶え間ない発展なくして生き残れない。そしてこの流動的社会状況の中で、新しい観念群は、商品のはやりすたりのように、めまぐるしく回転し、たがいにせめぎあい、あわただしく交代を繰り返す。このため、単一の世界観がおびる確固たる権威は資本主義の性質そのものによってつきくずされる。おまけにそのような社会秩序は、社会権威剥奪はいうにおよばず、社会に複数化と断片化を蔓延させ、多種多様な生活様式どうしのあいだに設けられている由諸正しい境界を侵犯し、あげくのはてに、使用言語、民族的起源、ライフ・スタイル、民族文化の面で、すべてがごっちゃになった錯綜状況へと生活様式をつくりかえてしまう」。ブルジョア社会という知的労働が増殖的に細分化される分子化された空間の中では、多様な信念、原理原則、そして認識形態が、率先して権威ある地位を手に入れようと競合する。

参考文献
ドストエフスキーの詩学:ミハイル・バフチン、望月哲男、鈴木淳一(訳)、筑摩学芸文庫、1995
物語の構造分析:ロラン・バルト、花輪光(訳)、みすず書房、1979
イデオロギーとは何か:テリー・イーグルトン、大橋洋一(訳)、平凡社ライブラリー、1999

バフチンドストエフスキークリステヴァバルト

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