サシャ・ペリー(Sacha Perry)、The Third Time Around

1993年、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジのとあるビルの地階に「Smalls」という名のジャズクラブがオープンした。50席という小さなクラブだったが、充実したプログラムで多くの聴衆を惹き付けた。ブラッド・メルドー(Brad Mehldau)、ジョシュア・レッドマン(Joshua Redman)、ギレルモ・クライン(Guillermo Klein)等、今ではメジャーになった多くのミュージシャンもここでの演奏経験を積んでいる。一見順風満帆なスモールズだったが、徐々に経営上の問題が浮上しはじめ、そこにあの9.11として語り継がれるテロが追い討ちをかけ、閉鎖を余儀なくされる。しかしその後もミュージシャン、聴衆双方からの閉鎖を惜しむ声が鳴り止まず、2007年になり有志によって新装「Smalls」として再開され、現在に至る。

この再開前のオリジナルのハウスは、スモールズ・レコード(Smalls Records)というジャズレーベルを擁していた。カタログはスタートは2003年で、「We Loved You」と題されたフランク・ヒューイット(Frank Hewitt、1935 - 2002)のアルバムがその最初に記されている。ヒューイットは1988年、主に黒人文化流布の制限を念頭にして1926年に発布されたキャバレー法(The Cabaret Laws)が廃止されるまで、「Smalls」を含むアンダーグランウンドで根気よく活動し続けた伝説的なジャズピアニストである。ヒューイットにはアルバムがなく、晩年になりようやくスモールズ・レコードがその制作に着手したのだが、彼は発表を前に他界した。ヒューイットの例にも象徴されるように、スモールズ・レコードはニューヨークの域外では未だに無名だが実力派のミュージシャンを多くカタログに取り入れている。まさにニューヨークの有様を表象するかのようなカタログで、そこでは現代のジャズにおける可能性がクロスジャンル的に模索されている。

さまざまな意味において聴き応えのあるアルバムが多いスモールズ・レコードだが、ここではヒューイットにちなみ、伝統的なバップに傾倒するピアニスト、サシャ・ペリー(Sacha Perry)のアルバムをとりあげる。ペリーは「Smalls」クラブの常連でもあるが、それが語るように、本来「Smalls」ではバップがよく演奏されていたようだ。

ジャズにおける最も顕著な歴史的発達は、スイングからバップ、モードへと至るそのインプロヴィゼーションの進化過程の中に刻印されている。ジャズ特有のコード進行上に組み立てられるメロディーが、ハーモニーの束縛からいかに開放されてゆくのかを記すその過程の中において、バップは最も複雑にコード進行とメロディーラインとが絡み合う、メカニカルの極地を表現した。その複雑さとは即興における束縛を意味するが、ジャズの構造はそれをピークとして急速に単純化され、引きかえに多様化するリズムがジャズを新たな段階へと導いて行った。社会の自由化の波にも並行するジャズの進化進過の中で、バップの消滅の度合いは新しさのバロメーターとなり、一旦その姿は失われてゆく。

歴史は一応の進化を終えると、その最も象徴的な部分へと回帰する。ジャズも同様で、今日もはや懐古主義は罪悪とはみなされず、多様なスタイルの一つとして自然に受け入れられている。しかしある意味において、そのような受容はジャズの弱体化と受け止めることもできるだろう。

サシャ・ペリー(Sacha Perry)は、彼特有のバップに傾倒するスタイルから、バド・パウエル等との比較において論じられることが少なくない。ペリーはジャーナリズムに対してとりわけ寡黙な演奏家で、その頑なな姿勢から彼の音楽理念を浮かび上がらせるのは困難だ。だがその演奏には、ジャズにおける軽薄な革新に対する疑念とともに、ヒューイットにも見られたような、ニューヨークのそれに特徴的な独特の社会性や精神性と相通じる質感が存在する。真摯な中にもユーモアの漂う、まさに現代に引き継がれたバップの典型的な姿が、彼のアルバムには記録されている。

The Third Time Around (2007): Sacha Perry (Piano), Ari Roland (Bass), Phil Stewart (Drums)

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