中上健二、熊野集

中上健次(1946 - 1992)は、「鳳仙花」(昭和55年)や「千年の愉楽」(同57年)の出版と同時期、同55年6月から57年3月にかけて「群像」誌上に十四の短篇を発表していた。各篇は、不死(ふし)、桜川(さくらがわ)、蝶鳥(ちようとり)、花郎(ふあらむ)、海神(かいじん)、石橋(しやつきよう)、妖霊星(ようれぼし)、勝浦(かつうら)、鬼の話、月と不死、偸盗の桜(ちゆうとうのさくら)、葺き籠り(ふきこもち)、熊の背中に乗って、鴉(からす)と題され、そのうちの、不死、勝浦、鬼の話、月と不死、偸盗の桜、葺き籠りの六篇が小説で、残りは随筆である。

「熊野集」(昭和59年)はそれらを掲載順に収録し、一冊の本としてまとめた短編集である。

十四の短篇のうちの各小説は、山深い熊野の風土を背景にした神話的な筋立てによる、独自の小品に仕上げられている。被慈利(ヒジリ)が主役を演じる物語が二篇含まれるが、自然の法則に従い遍歴生活を送る半僧半俗の修行僧の生活は、作者が好んでとりあげる土方のそれに相当する。少々異なる展開を見せるのが現代劇の「葺き籠り」で、以前とはやや異なる視点から、熊野の自然を背景に荒れる若者の姿が描かれる。

一方、全体の半数以上を占める随筆では、幻想的な虚構から一転し、中上を取り巻く真実とそれに寄せる彼の心情が切々と描かれる。各篇はルポルタージュとしての体裁を持ち、資料的価値が高い。各篇で語られる親族や知人の姿や路地のメカニズム、またそれに包まれる彼自身の自我の葛藤は、読者にとりわけ諸作品を再考するための多くのヒントを提供する。

中上の代表的な作品は、路地あるいはそれを下地に創造された空間の中に語られてきた。路地とは彼の生まれ故郷、和歌山県新宮市春日地区をモデルとする架空の場所で、いわゆる非差別部落である。路地は当初、無名か「S市」のような仮称で物語りに登場するが、昭和50年の「岬」あたりからその名が使われるようになり、「千年の愉楽」へと至る道筋の中で、その存在感が増していった。

部落を描く文学作品は少なくない。だが、作者の多くは部外者で、物語の中心を差別に置き、部落の消滅を訴える。一方、その地を故郷とする中上は、路地という名でその存在を強調する。彼にとっての路地とは、「決して読み終わることのない本、どこからでもどのようにでも読める本」として現前する。彼はそれをテクストとして、民俗学、神話学、記号論の成果を通じて解釈(内面化)しなおすことで、被差別の中心として存在してきた路地の観念に揺さぶりをかけ、その再構築を試みる。

自らを「差異の産物」と称する中上は、自身を本の中の登場人物へと貶め、自我の空虚化の内に物語を創造する。彼が思い描く中心とは空虚であり、それゆえ周縁にあるゲットーやスラムが浮き上がる。彼は単なる抑圧の拠点、またはそれに対する反省の場として、社会からの忘却を促されてきた路地の周縁的な位置づけを逆に強調することで、現代社会を支える礎石へと置き換える。

中上は路地の姿を、日本人の素性を記す原風景として取り扱う。彼の物語において、路地は古めかしくも新たに構築されゆく神話として日本的な装いで登場するが、その内部には西洋的な現代思想が波打っている。吉本隆明(1924 - 2012)の言葉を借りれば、彼はそのような素質を通じて、新たな世界像、世界を再生産する場としての路地を創造し、またその創造を通じて、退廃し無化した古典近代的な物語世界からの脱却という現代作家に課せられらた使命を全うする。中上にとっての路地とは、現代世界に打ち込まれる新たな礎なのであり、それは秩序や倫理の外部に位置し、現世と死世とにまたがる生が闊歩する仮構の世界、古代的でアジア的な風情に満ちた、死者の世界をも包含する特異な共同体世界なのである(*)。

実際に中上が描く物語の強靭さは、作者の二重性に由来する。彼の作品を支える自伝的側面、俗な真実と率直な心情の露呈は、洗練された現代思想に裏打ちされて、物語上に記される。本書の随筆はその出発点である自伝的側面を図解するが、とりわけ「何よりも熊野という現実の場所を否定したい」という彼の思いを下地にする、路地と一族の姿の描写は、読者が有する既知の物語の再考を促すに足る資料として提示される。そこでまず語られるのが、彼にとっての路地という空間の現実の姿とその意味である。

中上の生地は、外部の者から長山地区と呼ばれていた場所で、山の脇に家が集まり土着の者が住む西側と、埋め立てられた蓮池跡に他所からの流れ者が住む東側とに分断されていた。職人がギルドを構成し安定した経済に潤う西側に対し、彼の出身地でもある東側には、不安定な賃仕事に従く者が多く、土地を担保に小額の借金をする者が相次いだという。それは今に至るまで尾を引く問題となり、近年行われた、今では破産した地主、地元のスーパー、行政、路地の土建屋の四者が絡む、東側を中心とする山と住宅の撤去による部落の開発事業を、彼は懐疑的な目で眺めている。

中上は様々な思惑が交錯する路地を辛辣な場所だと理解する一方、そこにある平衡感覚にも注視する。路地とはリベラリズムが入る余地など全くない弱肉強食の世界であり、金を儲けた者を正義とし、敗者を不精者、馬鹿者として容赦なく蔑み置き去りにする。それは年齢によるヒエラルキーを軸に、親、子、オジ、オバ、アニ、イネという血と性差、加えて貧富、識字と文盲等の差異に基づき構成される、「長いものには巻かれろ」という農耕民族的な理念が息づく社会である。そのような社会においては、定められた位置、親分、子分の関係からの逸脱は許されないが、共同体の狭さが力関係を打ち消し合うことで、独裁化への進展は妨げられている。このような構造を彼は「路地の遠近法」と名づけているが、そこにもうひとつ加えられる重要な要素が母権制とそれがもたらす複雑な人間関係である。

路地では父親、母親は「生物としての親」として、それぞれ男の親、女の親と称される。父親、母親が路地の大人全員を指すという、錯綜した状況を社会にもたらすのが、母権制が許す血の緩慢である。中上の作品はその緩慢を軸にして諸々の物語を構成すると同時に、一夫一婦制や家族制度を超越する母系社会の仕組みを図式化する。「岬」(昭和51年)はギリシャ神話の「エレクトラ」を素材とする作品で、異母妹との近親相姦が描かれているが、それは母系社会においては、禁忌に触れる行為ではない。「枯木灘」(同52年)では、主役が半ば無意識的父の息子、異母弟を殺害するが、父の落ち度は糾弾されず無傷のままに放置される。主役の行為は、母系社会の中では母の領域への侵犯行為、遠近法からの逸脱であると見なされるので、父の行為は免罪される。

路地を舞台にする中上の小説では、自伝的性質が強調され、一族の真実が姿を変えて繰り返し語られてきた。随筆は虚構の枠外で、その真実を語るので、ついには身内からの非難を招くことにもなるのだが、彼はそうした非難を予期しつつも、その描出を止めることはない。

中上は自らのルーツである路地を、読み解かれるべき本として、「文化人類学的な、差異にもとづいた諸関係」へと置き換え再構築するのだが、その作業には、路地の、そして一族の真実をなぞる行為が含まれる。現実の路地と彼の路地、新宮と熊野との間に生じる乖離とねじれ、彼が憎しみ、嫌悪や差別の根源とする父の虚構と現実といった厳しい現実の姿を下地にしながら、路地は人間の内部に潜む願望の象徴、人類が構築する神話の根源、人間開放への萌芽として、彼の作品の中に蘇る。

ノート
(*)世界論「マス・イメージ論」:吉本隆明、「千年の愉楽」単行本付録、文庫版(河出文庫)に所収

熊野集中上健次マス・イメージ論

中上健次、十九歳のジェイコブ

中上健次(1946 - 1992)は彼の代表作と言われる「枯木灘」(昭和52年)や、姉妹編の「鳳仙花」(同55年)と並行して、角川書店のエンターテインメント系小説誌「野性時代」に、「焼けた眼、熱い喉」と題する連作小説を連載していた(昭和53年7月号から昭和54年10月号、昭和55年2月号)。その終了から六年後の昭和61年、作品を加筆、改題し、新たに長編小説として発刊したのが「十九歳のジェイコブ」である。ジェイコブとは旧約聖書ヤコブの英語表記で、主役の名前が順造からそれへと改変されている。

中上の19歳の若者が主役の作品といえば、昭和48年に発表され映画にもなった初の芥川賞候補作「十九歳の地図」や、その前年の「灰色のコカコーラ」が思い起こされる。同年齢の若者の犯行である永山事件や学園紛争を背景に、時代の波に翻弄される無軌道な若者の行動や心理を都市のメタファーとして描く首都を舞台にした作品である。これら一連の作品では、若者の退廃的な行動を大都市特有の孤独や倦怠に結び付け、空転しさまよう彼らの姿をそこで暮らす人間の真実として表象した。だが、程なくして中上は舞台を作者の生地へと移し替え、種々の短編で示唆されてはいたものの物語の底部に隠蔽し続けてきた自我を全面へと押し出し、人間とそれを形成する言葉の根源へとストレートに迫る作品へと移行した。首都という中心とは異なる「路地」という周縁部にある閉鎖空間を舞台に、退廃的な行動を人間の根源的な欲望、自然としての人間の真実の姿として正統化することで、物語を人間開放への道筋を記す神話として再構築していった。

中上にとって19歳とは破壊、運命、死という主題を共有しながら、心理的な虚構から自伝的な私小説への移行を試す象徴的な年齢として現れる。それを冠する本書「十九歳のジェイコブ」もそのような境界を彷徨う若者を描く作品だが、前者の設定と後者の伏線とが物語の中に交錯する。本書は都会で暮らす退廃的な若者の姿を通じて都市の限界を描く批判的アレゴリーとして始まるが、やがて伏線として隠された複雑な家族関係が作り出すオディプス的状況が物語の前面へと押し出されるにつれ、拭いきれない出自と自己同一性の物語として進行する。

主人公はジェイコブは、自身が置かれた不本意な境遇と矛盾に満ちた都市生活を憂う、無力で退廃的な若者として登場する。彼は熊野という、海、山、川にはさまれた自然豊かな路地で成長するが、不本意な噂や兄の死に直面し、それがもとで素行が乱れ、ついには補導され保護観察に処せられる。彼は十七歳で町を離れ、観察司である伯父が経営する貨物会社の住み込み従業員として、東京へと移り住む。昼間はそこで働きながらも、普段の生活は荒れ、怪しげなジャズ喫茶にたむろし、セックスと薬物にまみれた生活に埋没する。現在十九歳になる彼は、すでに伯父の会社をやめ、職場を自動車工場へと移してはいるが、仲間たちと過ごす退廃した日々の姿に変化はない。

ジェイコブの家庭環境は複雑だ。彼の四歳年上の兄は、中学を卒業する直前に薬物自殺を遂げ、姉は精神を患い療養している。だが何よりも若い彼を苦しめたのは、保護司である伯父と母親との関係にまつわる噂である。兄も同様に苦しめたその噂が真実ならば、伯父がジェイコブの実父ということになる。ジェイコブには実家である企業の爆破を目論む友人がいる。彼はその裕福な友人にも触発され、伯父とその家族の殺害から後の逃亡を記す架空の日記を作成し、現実と空想との間を彷徨する。

ジェイコブの伯父は、戦後のどさくさにまぎれ、地元で詐欺まがいの方法で財を築くも、立場の悪化を期にそこから逃走した人物で、妻と三人の娘を持ち東京で事業を営んでいる。不自由のない生活を送っていたが、最近の彼は、ジェイコブにも覚えがある脅迫電話や故郷である路地の呪縛に苛まれ、憔悴しきった状態になり、事業も妻に任せている。会社を辞して以来、久々にジェイコブが見る伯父は、痩せこけ覚醒剤に浸された、独り言と奇行の日々を送る哀れな男へと変貌していた。そんな伯父の姿を目の当たりにするジェイコブ、彼もまた路地の呪縛に苛まれる若者として、計画を架空のままに放置し自害した友人とは異なる道を選択する。

このように本書は人物設定をはじめ、多くの点で他の中上作品を踏襲する。彼の主要な作品の総集編のような内容で、そこに中庸的な薄白さを感じる読者もいるだろう。その中で特筆すべき点のひとつとして挙げられるのが、主人公に与えられた英名ではないだろうか。主題の如何にかかわらず日本的な情緒を強調するのが中上作品の特徴だが、彼は再刊にあたり主人公の名を原作での「順造」から「ジェイコブ」というユダヤ系の英名に置き換えた。とはいえ彼の純粋な日本人という設定に変化はなく、そこにセルフパロディーとしても捉えられよう本書に潜む作者の意図が見出されるのではないか。

若者の生活はいつも音楽に寄り添うが、ジェイコブの背中には常にジャズの影がある。中上にとってのジャズとは、彼の環境と西洋音楽との間にある矛盾を訂正し両者を結合させる貴重な音楽で、彼はそこに民族のルーツを解明するための道具としての役割を与え、言語に隣接する第二の媒体として、諸々の作品に組み込んだ。彼の世代はジャズをジャズ喫茶と結びつける傾向があるが、本書においても、それが外界の規律が及ばぬ自由な空間、聖なる場所として、ジャズと重複する。

本書はそのジャズ喫茶の場面に始まり、そこで幕を閉じる。「ジェイコブの目にモダンジャズ喫茶店は教会のように見えた」という一節で最終章が締めくくられるが、その「教会」という語には「シナゴーグ」というルビが振られている。シナゴーグとはユダヤ教の会堂のことで、とりわけディアスポラ(母国から離れた位置にあるユダヤ人)のための、多目的な集会施設を意味している。彼らと同様に、本書の主役、ジェイコブというユダヤ系の名で呼ばれる日本人の若者もまた、故郷の喪失による永遠の彷徨を要求されると同時に、血と出自がもたらす運命に翻弄される。本書には他に作曲家のヘンデル(Georg Friedrich Händel、1685 - 1759)が富裕者の音楽として登場する。彼はユダヤ系ではないが、故郷を離れ生涯を外国で終えた人物である。

中上のユダヤ名へのこだわりからは、もうひとつ、彼が胸中に抱くというユダヤ性への憧憬が想起される。東洋人を自覚する中上にとって、ユダヤ性はまず切実な状況の中に生きるマイノリティーの比喩的表象として出現し、そこに文化=知性と自然との融合を実現する媒体としての存在感が付与される。

かつて中上は、評論家を主人公にした長編小説の執筆を計画した。路地から採集した話をもとに架空の武勲詩を捻出し、それに綿密な校訂と注釈をほどこす、妻子に逃げられた孤独な評論家を主役とする物語である。彼にそのような作品を目論ませたのは、ユダヤ系の文化人類学者、レヴィ・ストロース(Claude Lévi-Strauss、1908 - 2009)の存在だった。中上は彼の知性と彼が扱う神話との間の落差に注目し、彼のような知識人が未開人の神話に魅せられる理由を、彼に張り付くユダヤ人、マイノリティーとしての認識の中に求め、そのような評論家を描くことで、中上自身の内部にあるべきユダヤ性を発見しようと試みた。

十九歳のジェイコブ中上健次野性時代レヴィ・ストロース

大江健三郎、小説の方法

随筆などを通じて自作品の絵解きを積極的に行なう作家は少なくないが、大江健三郎(1935 - )もそのひとりで、彼の思想、文学観から個々の作品創作の具体的な方法までが、折々のインタビューや書籍を通じて公表されている。「小説の方法」は1970年台半ば、彼が「文学生活の転換点」と呼ぶ時期に書かれた小説執筆の方法論だが、その間口は広く、彼の社会に対する想いまでもが情熱的に描かれる。本書は「同時代ゲーム」(1979)の定稿執筆へと向けその「内的構造を把握しなおすため」の指南書として著されたと言うが、その内容は、彼の思想と文学全体のあり方にも抵触する。以下は、本書から彼の文学や小説に対する基本姿勢を拾い上げ、簡単にまとめたものである。

文学の定義

小説とは人間の生存を示すことで人間全体を活性化させる、言葉による表現であり、また仕掛けである。読者はそのような小説が具体的な言葉を用いて示す人間の表現を通じて、同時代における現実世界と未来における人間性を解読する。

大江は文学を、「世界の物質的、肉体的根源から分離し孤立して自分の中に閉じこもる一切の動きと対立する言葉の仕組み」として前提し、自我に固執する文学を糾弾する。世界の総合性や全体性を獲得し表現するのが文学の仕事として、その完遂のためには同時代の状況の把握とともに、閉じた個としての作者をその枠組みから開放することが必須になる。彼は山口昌男(1931 - 2013)を通じて文化人類学や神話にも着目するが、文学の同時代性を重視し、小説全体の神話化を否定する。

文学はそれ独自の言葉としての「文学の言葉」(小説の言葉)によって支持される。大江にとっての「文学の言葉」とは、その成り立ちを歪めることなく「異化」として取り込まれ再現される日常の言葉のことである。そこでとりわけ注目されるのが、「文学の言葉」がそこに潜む多義的な構造とダイナミックな生産性を通じて示す、想像力の媒介としての役割である。

言葉の異化

虚構のディスクールとしての詩的言語、それが「文学の言葉」の実質である。「文学の言葉」は詩的言語として、そのかたち、音、リズムによって文体を形成し、それを通じて物語を語る。日常的、実用的な言葉に相反するのが「文学の言葉」ではあるが、それは日常の言葉の「異化」を通じて得られた言葉である。大江はそのような「異化された言葉」を、ロシア・フォルマリズムの概念を引用しつつ定義する。

「異化された言葉」とは、「事物と人間の赤裸々な出会い」を演出する、「もの」それ自体の質感を備えた言葉である。読者は「異化された言葉」に触れることで想像力が喚起され、その内面に想像的力動の芽生えを感知する。「異化された言葉」は想像力を呼び起こす起点として、その作用を通じて読者を活性化する。

ここで大江が示す想像力とは、作者の単なる想像や既成の概念を通じて言葉に与えられる力のことではない。バシュラール(Gaston Bachelard、1884 - 1962)は想像力を、知覚が提供するイメージを歪形する力であると唱えたが、大江は言葉の外形と反対の働きを捉えることで喚起される力のことを、想像力の真意と解する。そこで小説は言葉によって構成される、読者に想像力を呼び起こすための媒体であり仕掛けであると再定義される。

作者は、読者の想像力を喚起する言葉の仕掛けをイメージとして意識的に分節化し、それを折り重ね構成することで、自身を超える表現を獲得する。大江はそのような作者の創作を支える具体的な機能の一つとして、「文学の言葉」を上部と下部のような「変化の両極を両面価値的に表現する」グロテスクシステム(グロテスク・リアリズム)を例示する。

周縁への着目

本書が執筆された頃の日本は、構造主義やそれを取り込む思想の浸透に伴い、いわゆる脱中心が叫ばれはじめた時代であり、本書の内容もその流れを汲んでいる。大江はその戦略において、とりわけ周縁の活性化に着目し、その典型的な媒介として、「グロテスク・リアリズム」を例示する。大江は異質なものを、彼が想像力のダイナミズムの仕組みを見つけるための自己批判の手引とするが、その代表として、バフチン(Mikhail Mikhailovich Bakhtin、1895 - 1975)が示す「グロテスク・リアリズム」(*)を引用する。

グロテスクなものとは、格下げされ、周縁へと引き落とされた力であり、そこにはオクタヴィオ・パス(Octavio Paz、1914 - 1998)が言うような、「単一性がそれによって常に苦しまなければならぬ、あらため難い他者性」が存在する。それを代表する「グロテスク・リアリズム」は、自らのダイナミズムを通じて自身の存在を強調することで世界から超出し、世界全体の姿を見つめ表象する。

大江はグロテスクを常識からの逸脱の象徴として、トリックスターや道化の中にその姿を垣間見る。トリックスターはその「両義性の人格化、神の怒りの代行者」という特性を通じて現実の虚を暴露する一方、道化はその力を通じて世界の秩序と階層を転倒し、異なる二者を結合させる媒介として、世界にその存在を露にする。

作者はグロテスクなものの小説への取り込みを通じて、周縁に位置し、その周縁性という条件のもとで「異化」される人間を、文学的モデルとして積極的に創作し、物語へと導入する。大江はこのような周縁への着目を、「われわわれの文化の批判指向性、単一化の大勢を批判的に乗り越えるための、想像力の訓練」であると定義する。

周縁の強調を通じて想像力のダイナミズムを産出し、言葉の仕掛けを更新すること。大江はそれを現代作家の使命として、ゴンブローヴィッチ(Witold Gombrowicz、1904 - 1969)の「フェルディドゥルケ」、ル・クレジオ(Jean-Marie Gustave Le Clézio、1940 -)の「調書」、グラス(Günter Grass、1927 - 2015)の「ブリキの太鼓」を、その典型的な成果として例示する。

筆者には本書と同時期にグロテスクを積極的に取り入れた日本の作家として、大江より一世代下に属する中上健次(1946 - 1992)が想い出されるが、彼は大江とは異なり小説の神話化を通じて、私小説的な設定の中に周縁を強調した。

(*)詳細はpp213 - 215(同時代ライブラリー版)が参照される。

参考文献
小説の方法:大江健三郎、岩波書店(同時代ライブラリー)、1993

大江健三郎、万延元年のフットボール

「万延元年のフットボール」は「個人的な体験」(1964年)に続く、大江健三郎(1935 -)三十代最初の長編小説である。第三回谷崎潤一郎賞を獲得した本書は、「個人的な体験」とともにノーベル賞対象作にもなった。各国語に翻訳されており、英訳の題名は、「The Silent Cry」と言う。

「万延(まんえん)元年」(1860年)は幕末特有の波乱の年で、安政7年として始り、3月18日に万延と改元された。1月の咸臨丸のアメリカへの出港、3月の桜田門外の変、12月の米国書記官ヒュースケンの暗殺が、よく知られるその年の主な出来事である。

万延元年から約百年が経過した地点に立つ大江は、本書の執筆を通じて彼が生きる今の視点から歴史を振り返り、近代から今、そして未来へと受け継がれる日本の精神の意味を模索、再考しようと試みる。物語には「今」の表象としての戦後民主主義的な思想が、著者の視点を通して色濃く反映されている。主役は兄弟で、彼等はそれぞれの自己を見つめ自らの本質部分に対峙しようと試みるのだが、彼等の姿を国家の姿として読み取ることが可能である。

本書が執筆されたのは、安保闘争をはじめとする社会運動が、大きくクローズアップされていた時代である。だが大江はそうした一過的なイベントへの固執を避け、普遍的な視点に基づき、日本の近代から現代へと至る精神運動の軌跡を、虚構の中に描き出す。彼は本書において、明治維新を戦後と切り離すことなく連続した流れとして重層的にとらえると同時に、発想の拠点を根源的な民衆の「声なき声」に置くことで、時代の流れに対する心理的反応を書き記そうとした(初版に付された文芸時評に掲載されたインタビューによる)。物語の基底に宿るそのような彼の歴史観と工夫が、本書を単なる政治小説への堕化から救い出している。

本書は豊穣で、読みの懐の広い作品だと評価されている。それは「個人的な体験」以来、諸々の作品で反復される大江独自の傷痕のモチーフとともに、当時の構造主義的な言語観にも支えられているようだ。評論家の井口時男によると、主役の兄弟の将来は言葉に対する思考と、そこにある不在の克服方法の違いによって決定されているという。井口は本書を、両者の会話に滲み出る内面の「思い」に注目しながら解読する。

思いは内面という言語以前の強力な隠れた意味存在に結び付けられているものの、その思いを表現するためには、言葉という一般的かつ抽象的な概念として、それを口述せざるをえない。思いを現前化する行為においては、言語によるろ過、言語の汎用性による意味の非在化によって生じる真実の排除を免れることができないので、思いの所有は曖昧なものとなり、その真実の姿はますます遠ざかる。思いの伝達とはまさに非在の意味の語りとして、その具体性を欠くもどかしさを伴うが、そのもどかしさが言語以前の実存としての感覚の存在を同時に裏打ちする。そこに思いの二重性が浮き彫りになる。

思いには、伝達としての使命を全うするための言語への依存と、それによる真実または自由の放棄とが、折り重なっている。井口は大江によるこの思いの二つの側面への時系列の付与と寓意化をひとつの時代、つまり真実としての内面にまだ信憑性が与えられていた時代の終わりのメタファーだと解釈する。鷹と蜜というこの物語を引き受ける兄弟において、思いの真実を守り抜こうとする前者の弟とは裏腹に、物語の語り手でもある兄の後者は内面の分裂を引き受けつつ、その真実を言語という規範に委ねることを決意する。

「万延元年のフットボール」は当初「群像」に掲載され、全面的な改訂が加えられた後、昭和42年(1967年)に講談社から単行本として出版された。粟津潔の装幀によるそれは、現在でも古本や図書館の蔵書として流通しており、文芸文庫版と同様によく読まれているようだ。単行本には目次が欠けているので、以下に本文から拾い上げたものを列挙する。

  1. 死者にみちびかれて(p.3)
  2. 一族再会(p.35)
  3. 森の力(p.63)
  4. 見たり見えたりする一切有は夢の夢にすぎませぬか(ポー、日夏耿之介訳)(p.92)
  5. スーパー・マーケットの天皇(p.119)
  6. 百年後のフットボール(p.149)
  7. 念仏踊りの復興(p.173)
  8. 本当のことを云おうか(谷川俊太郎「鳥羽」)(p.203)
  9. 追放された者の自由(p.230)
  10. 想像力の暴動(p.262)
  11. 蝿の力。蝿は我々の魂の活動を妨げ、我々の体を食ひ、かくして戦ひに打ち勝つ。(パスカル、由木康訳)(p.289)
  12. 絶望のうちにあって死ぬ。諸君はいまでも、この言葉の意味を理解することができるであろうか。それは決してたんに死ぬことではない。それは生まれ出たことを後悔しつつ恥辱と憎悪と恐怖のうちに死ぬことである、というべきではなかろうか。(J=P・サルトル、松浪信三郎訳)(p.320)
  13. 再審(p.354)

万延元年のフットボール(単行本)万延元年のフットボール(文芸文庫)The Silent Cry個人的な体験悪文の初志

辻邦夫、小説への序章

辻邦生(1925 - 1999)は、初の長編小説「回廊にて」(「近代文学」1962年7月号から翌年の1月号に連載)において、虚構としての語りの中に、彼独自の芸術観の解説を試みた。主人公の画家、マリア・ヴシレウスカヤの生涯が、彼女を知る日本人の画家による回想録として再生される過程の中に、困難から始まり最終的な姿へと到達する、芸術の姿が描かれている。辻の試みは、続く「夏の砦」(1966年)へと発展してゆくが、1968年に発表された「小説への序章」おいて、その詳細が小説論として語り直されている。

辻は本書で、芸術を軸に、文学を「書くという行為」として、小説の定義を規定しようと試みる。そこで彼がまず訴えるのが、小説と現実との密接な交わりである。彼にとって、「現実の無意味な、無数の、偶然的な空間が小説の空間になかに現れているという意味で、現実と小説とは無関係ではありえない」のであり、「この現実の達成したあらゆる人間活動の成果を、全的に、しかし象徴的に、目に見える形で提出するというところに成立する」のが、小説という虚構である。辻は、有効な現実を洞察し、そこに生きることが真の自由であるというヘーゲル的現実を見据えるかのようにして、虚構と現実との密着を小説の核に据え付ける。

虚構は現実の頂点に位置することで、それを収斂し統括する。「廻廊にて」においては、虚構の下に積み上げられる現実とは危機であり、それが芸術家と芸術の真理を予見する。主人公の画家は、幾多の絶望や苦難に遭遇しながら、芸術の契機をとある作品表現の中に発見する。それを手始めに再生への道を歩むことになるのだが、その再生とは、芸術家を更なる投企へと導くものである。しかし、その死への接近という、一見破滅的な状況の中にこそ、主体存在の有り様の確認とともに、芸術誕生の秘密が隠されているのである。

芸術は絶対性への希求とともに、主体の存在とその極限的な危機を糧に、「人間存在の根拠を感覚的形象によって示す」ことで、「新しい価値を意識化」し、自ら展開し発展する。一方で芸術家には、真実と虚構との差異をどう捉え直すのか、主体としての人間が神を失った永劫回帰の中で、どのようにして真理へと接近することができるのかといった、哲学的なアポリアが課されることになり、それを克服しながら、芸術家は自らと芸術の開始へと到達するのだが、そのような普遍的主体への到達過程は辛辣で、芸術家には極限的な苦渋が課せられる。

辻の言う普遍的主体への到達過程とは、「一般的な知的体系の拡がりの中」において、芸術家が自ら、「一片の個物、個別的な偶然的な制約された事物」へと貶められた存在であるという事実を確認することで、「一本の薔薇に潜む無限の宇宙が感じ取れる」時へと至る道筋のことである。それは危険な投企なのだが、その先に現れるのが、「宿命的ともいえる自己実現の中に現れる真の世界の実在」としての本質なのであり、そこで主体は、「歓喜の風をはらんだ晴朗な領域に達した」ことを確認し、自身を貫く「永遠の歓喜と晴朗」に満たされる。だが、そのように「普遍的主体が純粋な世界の実在をあらわすものとして立ち上がる」場とは、「死の静粛がひろがる絶対的な虚無の世界」に他ならない。そこで芸術家には、「小さな私」と「現象」との間にある対立項の破壊という、苦渋の道が要求される。

芸術家の実在は、そのような対立項の破壊によって得られる本質によって確約される。自己の放棄は現実逃避とは異なるもので、それは「自我主義」としての私=実在を肯定する。そこで私は、個の破戒による歓喜と自由を手中にすることになるのだが、そのためには、私に与えられた存在の宿命の自己完結としての「明るさ」を確保することが必要になる。その「明るさ」はアノニム、つまり匿名性へと収斂され、「明るさの成熟として内面化した全体が、一種の無私の主体から眺められる」という状況がつくり出される。

そのような状況とは、私の単なる内面への転回とは異なるものである。「小さな私」とは、常に対極としての外界を保持しつつも「外界に対して単に対立的」な存在で、「認識や実践をとおして自分を外界に適応させる」私を意味している。したがって、そのような個の、内的な領域への移行は、孤立した主体への埋没、外界を拒否し内面へと逃避する行為として、否定的に受け止められる可能性が存在する。しかし、ここでいう内的領域への転回とは、個の自らの意識を超越した透明な存在への転換を意味しているのであり、個は意識の喪失と自らの無化によってこそ、善悪や美醜を越えた、あらゆる存在が現前する場への移行が可能になる。投身の果てに訪れる自己の喪失による個の透明化によって、はじめて「小さな私」は、「あらゆる存在のなかに偏在する能力」を持つ、「大いなる自己」へと変貌する。

芸術創造の開始は、私という実在が「明るさ」という匿名性の中へと収斂してゆく過程の中に記されるのだが、文学において、それは書くという行為を意味している。書くという行為は、透明な私によって照らし出されると同時に、それ自体によっても明るさを保ち得る、「ロゴスとしての言葉の領域」の基に確立される行為である。それは「存在が変転しつつ内部照明を成熟させて達する最後の段階」、「明るさ」が私を超越する段階として、「明るさ」の領域を保持している。存在は私を借りて、その宿命を成熟させ完成の域に達すると同時に、私はこの「明るさ」というアノニムへと昇華されてゆく。

注)文中の「」はすべて「小説への序章」から引用した辻の言葉。引用の詳細は省略する。

辻邦生小説への序章廻廊にて

野間宏、暗い絵

野間宏(1915 - 1991)は、全体小説(現実を通じて人間を総合的に描く試み)を志した大作「青年の環」や、映画にもなった「真空地帯」等の長編を代表的として記憶されている、いわゆる第一次戦後派に属する作家である。長編で知られる作家だが、それらの足がかりにもなった、「暗い絵」をはじめとする、とりわけ初期の短篇にも秀作が多く、現在ではむしろ読みやすいそちらが優先される事も少なくない。彼の作品は当時の文学的な実験としての左翼運動を背景にしているが、その痕跡は一連の短篇にも記録されている。

野間の作品を貫くのが左翼運動だが、彼はそれを必ずしも肯定的には見ていなかったようである。彼は戦前の日本における左翼運動を諦観に基づくものだとして距離を置き、終戦と同時にその役割を終わらざるを得なかった運動の、世間に対する影響力の無さを批判する。

野間の、あるいは世間一般の運動に対する諦観を引き出させたのは、当時の封建的な社会制度であるようだ。経済や血縁によって支配されるそれは、資本家とともに、それに敵対する運動家の間にも浸透していた制度であり、実際には両者によって共有されていた。そのような馴れ合いが、左翼運動を自己保存的で利己主義的な意志にもとづくものとして、弱体化させた。時には真摯な意志に基づいて自らの肉体を滅ぼし、死をもたらすような過激な行動に出る運動家もいたが、それを支えていたのは精神と肉体の分離といった非現実的な前提を下地にした思想であり、行動の帰結は目に見えていた。

野間の文学的試みの要点は、そのような不毛な活動を繰り返さぬよう、保身を目的とした利己的な感情に自我を求めつつも、同時に肉体の存在を精神的な位置にまで高めることで肉体と精神とを合致させ、その場所から自我の存在を確かめようとする、その姿勢の中に存在する。

現在の文学は、形式の枠の中で細々と自我を主張し続けるか、あるいは自我を放棄し、大衆迎合的な出版事業に寄与するか、両極端な選択を迫られている。野間の作品は、時代の想いと文学の想いとが真摯に結合していた時代の風景を伝えるメッセージとして、読み取ることもできるだろう。

野間宏青年の環真空地帯真空地帯(映画)暗い絵

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